40万人の誹謗中傷より、目の前の32人を信じる──香葉村真由美さん「朝礼の力」に学んだこと
2026年4月16日(木)
徳島倫理法人会でお聞きした
香葉村真由美さんの「朝礼の力」
一つひとつのエピソードが重く、
そして温かく、胸に残り続けています。
忘備録になりますが、
よかったらご覧くださいませ。

エピソード1 幼少期
「いつも笑っている先生になりなさい」
香葉村さんが12歳のとき、
お母様ががんで亡くなられます。
その最期に聞かれた一言。
「真美ちゃんは大きくなったら何になるの?」
とっさに出た言葉が「先生になる」。
すると、お母様はこう言ったそうです。
「いつも笑っている先生にならないとね」
この一言が、香葉村さんの人生の軸になりました。
お父様は一人で娘を育てながら、
「真美ならできるよ。大丈夫だ」と言い続けてくれた。
その言葉を受け取り、
今度は自分が子どもたちに伝える側になる。
「あなたならできる。大丈夫」
エピソード2 学級崩壊のクラスの担任になる
教師になり、2年生の担任として受け持ったクラスは、
1年生のときに学級崩壊を起こしていたクラス。
ケンカは当たり前。
トイレから帰ってこない。
夢を聞いても「そんなのない」と返ってくる。
どうやったら、この子たちに届くのか。
そのとき出会ったのが、「朝礼」でした。
大島啓介さんの「てっぺんの朝礼」に参加し、
“夢を語る”“仲間を応援する”という場を、
子どもたちと一緒につくり始めます。
子どもたちは変わる
子どもたちは、楽しいことが大好きです。
朝礼を通して、少しずつ夢を語るようになり、
「なんのために、その夢を叶えたいのか」まで
話せるようになっていく。
挨拶もできるようになる。
仲間を応援できるようになる。
クラス目標は
「やるときにはやる」
いつも怒られていた子どもたちが、
校長先生に褒められるようになる。
参観日に来たお母さんたちの前で、
堂々と夢を語る子どもたち。
確実に、変わっていったのです。
エピソード3 40万人のヘイトより、32人の生徒
しかし、事件は起きます。
ある日、校長室に呼ばれます。
見せられたのは、朝礼の動画。
それがネットに切り取られて拡散されていました。
「洗脳教育だ」
「宗教みたいで気持ち悪い」
「子どもがかわいそう」
40万人規模の誹謗中傷。
知らない人たちが、知らないままに叩く。
学校にもクレームの電話が入る。
恐怖で眠れない。
食べられない。
外も歩けない。
自宅で閉じこもる。
心が壊れかけていた、そのとき――
校長先生から言われます。
「子どもたちだけで朝礼やってるよ」
次の日、学校へ行くと、
子どもたちが門の前で待っていました。
「先生、ずっと待ってたよ」
「朝礼やろう!」
ニコニコしながら、そう言う子どもたち。
その瞬間、気づいたそうです。
自分は、何を見ていたんだろう、と。
40万人の誹謗中傷ではなく、
目の前の32人の生徒。
この子たちは、自分を信じてくれている。
見るべきは、32人の生徒だった。
そのとき、ノートに書いた言葉。
「香葉村真由美の大逆転劇」
エピソード4 誹謗中傷は、感謝に変わる
香葉村さんは、自ら家庭訪問に回ります。
一軒一軒、頭を下げていく。
すると、お母さんたちは誰一人責めなかった。
「朝礼をやめないで」
「今度は私たちが守るから」
批判ではなく、応援が返ってきた。
やがて、「辞めさせないで」という手紙が届く。
励ましの電話が増えていく。
あの40万人の出来事が、
“感謝の出来事”に変わったのです。
エピソード5 さっちゃんの卒業式
そして、もう一つの奇跡。
6年生のときに出会った、さっちゃん。
5年間、誰とも話さない子でした。
原因は、家庭環境。
幼いころ、ご両親に捨てられたことがきっかけで、
心を閉ざし、声を失っていたのです。
失語症になってしまいました。
その後は、おばあちゃんに育てられてきました。
それでも、朝礼を続けたい。
この子にも、声を届けたい。
香葉村さんは、
「失語症になった理由をクラスのみんなに説明したい」
と、おばあちゃんに訴えます。
しかし、おばあちゃんは最初、強く反対されます。
「いじめられたら、あなたが責任取ってくれるのか?」
香葉村さんは答えます。
「責任を取ります」
何度も何度も足を運び、想いを伝え続ける。
そしてようやく、理解を得ることができました。
最初は、メモ帳から始めました。
「おはよう」と書いた紙を渡す。
友達が声をかける。
さっちゃんは、にっこり笑う。
メモは2枚、3枚と増えていく。
クラスのみんなが、自然と声をかけるようになっていく。
「さっちゃんをいじめたら許さない」
そんな仲間も現れる。
声は出なくても、心は通じていったのです。
そして、卒業式。
さっちゃんは、練習に来ることができなかった。
「返事ができないから」という理由で。
クラスで話し合います。
「どうしたら、さっちゃんが来られる?」
「どうしたら、一緒に卒業できる?」
出た答えはシンプルでした。
「行けないなら、僕たちが行こう」
みんなで家に行き、卒業式の流れを伝える。
そして迎えた当日。
さっちゃんは、最初来ませんでした。
それでも、みんな待ち続ける。
5分遅れて――
おばあちゃんと一緒に、学校にやってきた。
一度も練習していない卒業式。
名前が呼ばれる。
そのとき――
「はいっ」
小さな声が、確かに響いた。
6年間、声を出さなかった子が、
はじめて声を出した瞬間。
おばあちゃんは涙を流しながら
「さっちゃん、声が出たね」と。
香葉村さんは言います。
「違います。おばあちゃんが、ずっと信じてこられたからです」
最後にさっちゃんは言ったそうです。
「6年間、楽しかった」
まとめ
このお話を聞いて、強く思いました。
人は、環境で決まるのではない。
人は、信じられた分だけ変わる。
40万人の誹謗中傷よりも、
目の前の32人を信じること。
声が出せない子でも、
信じ続ければ、声を取り戻すことができる。
そして何より――
支え続けた人の存在。
香葉村さんは最後にこう言われました。
「あなたは誰を尊敬しますか?」
その答えは、
「さっちゃんのおばあちゃんです」
どんな状況でも、信じ続けること。
それが、人を救い、人生を変える。
ボク自身も、
目の前の人を信じられているか?
改めて、自分に問いかける時間となりました。
目の前の人を、どこまで信じられているか。
そんな勇気をもらえる、
本当に感動的なお話でした。
この記事を書いた人
パッケージマーケッター 松浦陽司
1974年、徳島県徳島市生まれ。著書「売れるパッケージ5つの法則と70の事例」と「売上がグングン伸びるパッケージ戦略」を出版。パッケージマーケティングの創始者。パッケージの企画やデザインだけではなく、商品開発の根幹であるブランディングも行い、多数の成果をあげている。中身商品は同じでも、パッケージを変えただけで売上10倍になったり、単価が5倍になったりする事例を生み出している。その他、執筆活動、講演活動なども行う。ブランド・マネージャー認定協会2級&1級&ミドルトレーナー。








